東京地方裁判所 平成10年(ワ)12277号 判決 1999年7月09日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 被告管財人らと原告との間で、別紙債権目録記載の債権が破産者たくぎん抵当証券株式会社破産財団に帰属することを確認する。
三 被告管財人らと原告との間で、別紙供託金目録記載の供託金に係る還付請求権が破産者たくぎん抵当証券株式会社破産財団に帰属することを確認する。
四 訴訟費用は本訴反訴を通じて原告の負担とする。
事実及び理由
一 請求
一 本訴事件
1 原告と被告管財人ら及び被告パレス企画との間で、原告が別紙債権目録記載の債権を有することを確認する。
2 被告パレス企画は、原告に対し、平成一一年六月八日から平成二四年七月八日まで毎月八日限り金三六三万八九五〇円を、平成二四年八月八日限り金三六三万八八五六円を支払え。
3 原告と被告管財人らとの間で、原告が別紙供託金目録記載の供託金に係る還付請求権を有することを確認する。
4 被告管財人らは、原告に対し、別紙物件目録記載の不動産につき東京法務局北出張所昭和六二年五月二八日受付第二〇九六七号をもってなされた抵当権設定登記について、平成九年一〇月八日債権譲渡を原因とする抵当権移転登記手続をせよ。
二 反訴事件
主文二項及び三項同旨
第二 事案の概要
本件は、原告が、破産者たくぎん抵当証券株式会社(以下「破産会社」という。)から予め譲渡を受けていた被告パレス企画に対する貸金債権について、破産会社の親会社である株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)の経営破綻が発表された日に、破産会社を代理して被告パレス企画に対してした債権譲渡通知が、破産法七四条にいういわゆる対抗要件否認の対象になるかどうか(具体的には「支払停止」及び「悪意」の要件の有無)が争われ、債権及び供託金還付請求権の帰属の確認、債権についての将来給付請求及び抵当権移転登記手続が求められた事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 原告は損害保険業等を営む株式会社である。
(二) 破産会社は抵当証券に関連する資金の貸付等を営んでいた株式会社であり、平成九年一一月一九日札幌地方裁判所において破産宣告を受け、被告管財人らがその破産管財人に選任された。
(三) 被告パレス企画は、遊戯場経営等を営む株式会社である。
2 譲渡債権(破産会社の被告パレス企画に対する貸金債権)
(一) 破産会社は被告パレス企画に対し、昭和六二年五月二八日、別紙債権目録記載のとおり、金六億四〇〇〇万円を貸し付けた(以下、右貸付けに基づく債権を「本件譲渡債権」という。)。
(二) 破産会社と被告パレス企画は、別紙物件目録記載の不動産について、本件譲渡債権を担保するための抵当権設定契約を締結し、第一の一の4記載の抵当権設定登記手続をした。
3 被担保債権(原告の破産会社に対する貸金債権)
原告は、平成九年九月三〇日、破産会社に対し、手形貸付の方法により以下の約定で二億二八〇〇万円を貸し付けた。
(1) 弁済期 平成一〇年三月三一日
(2) 利率 年二・五パーセント
(3) 利息支払方法 借入日及び平成九年一二月以降三か月ごとの各月末日(ただし銀行の休日にあたる場合はその前営業日)に借入日又は当該利払日の翌日から次回利払日又は最終弁済期までの利息を前払いする。
4 本件譲渡債権についての債権譲渡契約(破産会社の原告に対する債権譲渡)
(一) 破産会社と原告は、債権譲渡に関する次のとおりの基本契約を締結していた(平成五年四月二〇日締結、同七年四月一九日一部改訂)。
(1) 破産会社は、原告との間で別途締結する金銭消費貸借契約書及び手形取引約定書に基づき、破産会社が原告に対し現在及び将来負担する一切の債務の担保として、破産会社が現に有し、並びに将来有することのある一切の貸金債権及びこれに付帯する一切の債権のうち、原告が適当と認めるものを原告に譲渡する。
(2) (1)に基づく債権譲渡は、破産会社が原告に対し担保差入証書を提出し、原告がこれを異議なく受領することにより成立する。
(3) 破産会社は、原告に対し、(1)に基づく債権譲渡についての譲渡通知をする代理権を授与する。
(二) 破産会社は、平成九年一〇月八日、原告に対し前記基本契約に基づいて本件譲渡債権を譲渡した。
5 拓銀破綻及び破産会社の宣告
後記本件債権譲渡通知の発送に先立つ平成九年一一月一七日の早朝、拓銀は、日本銀行の特別融資を受けるとともに道内の営業を北洋銀行に譲渡する旨発表し、右事実は、「拓銀の破綻」として、同日早朝から、テレビ等の報道機関によって報道された。
破産会社は、拓銀破綻発表の翌日である平成九年一一月一八日に、札幌地方裁判所に破産申立てを行い、同月一九日破産宣告を受け、被告管財人らが破産管財人に就任した。
6 対抗要件具備行為(債権譲渡通知)
原告は、拓銀破綻発表の当日である平成九年一一月一七日の午後五時三〇分ころ、破産会社を代理して本件債権譲渡の事実を被告パレス企画に通知することとし、その旨が記載された内容証明郵便を同被告に宛てて発送し、右郵便は同月一八日に同被告に到達した。
7 被告パレス企画は、本件譲渡債権のうち弁済期の到来した分につき、債権者不確知を理由として別紙供託金目録記載のとおり弁済金を供託した。
二 争点とこれに対する当事者の主張(なお、被告パレス企画は、争点2及び3については、原告と被告管財人らの双方の主張を援用するものである。)
1 被告パレス企画に対する本訴事件の訴えの利益(本案前の抗弁・争点1)
(一) 原告の主張
被告パレス企画は、本件譲渡債権について債権者を確知できないとして供託手続をとり、またそれに先立ち六箇月分の滞納をしていたから、原告は、同被告に対して、本件譲渡債権の帰属確認及び将来の給付を求める訴えの利益がある。
(二) 被告パレス企画の主張
被告パレス企画の六箇月分の滞納は破産会社との間での支払条件についての協議中に破産会社の了解を得た上でのことであり、その後被告パレス企画は供託手続を滞りなく行っているから、原告には、本件譲渡債権の帰属確認についても将来の給付請求についても訴えの利益がない。
2 平成九年一一月一七日に破産会社が支払停止状態にあったかどうか(争点2)
(一) 被告管財人らの主張
破産会社は拓銀から継続的に巨額の資金援助を受けないと経営が成り立たない状況にあったところ、平成九年一一月一七日に拓銀の経営が破綻して同行からの資金援助が完全に途絶えたため、営業継続が不可能になった。そこで、破産会社は破産申立ての方針を決定するとともに平成九年一一月一七日の営業開始時からの債務の履行を停止し、抵当証券の買戻金支払及び中途解約申込受付を停止したり、同日を弁済期とする株式会社日貿信に対する元金二八億八〇〇〇万円の債務の履行を遅滞したりしていた。したがって、破産会社は、平成九年一一月一七日の午前中にはすでに資力欠乏のために債務の支払をすることができないと考えてその旨を明示的または黙示的に外部に表明していたものであって、支払停止状態にあった。
(二) 原告の主張
次の(1)ないし(3)によれば、平成九年一一月一七日の破産会社の状態は支払停止には該当しない。
(1) 一七億円という豊富な流動資金を有し、金融機関への返済を停止したことも手形の不渡りを出したこともなかった。
(2) 抵当証券の満期日は各月の八日であって平成九年一一月一七日に満期買戻金の不払いは生じておらず、平成九年一一月一七日及び一八日には中途解約による約九〇〇万円の買戻金が支払われており、日貿信に対する債務については弁済期延長の合意が出来ていた。
(3) 破産申立て前の混乱を避けるために破産申立ての方針を決めていた事実を秘匿し、抵当証券の中途解約申入に対しては検討中と答えていただけで支払拒否はしていなかった。抵当証券取引約款上は顧客からの申込書受領日から買戻日まで四営業日の猶予期間が認められており、中途解約申入は即時に支払うべき債務に当たらない。
3 対抗要件具備的に支払停止について悪意であったかどうか(争点3)
(一) 被告管財人らの主張
(1) 原告の悪意
拓銀の経営破綻は、平成九年一一月一七日午前六時以降テレビニュース等で大々的に報道され、原告の知るところとなった。原告は、破産会社が拓銀からの巨額の資金援助によりかろうじて倒産を免れ、拓銀の破綻により右資金援助が途絶えれば破産会社が営業を継続できなくなることを熟知していたから、拓銀の破綻を知った時点で、破産会社が支払停止の状態に陥ることについても認識し得た。また、原告北海道本部の財務担当課長である田中耕次は、同日の本件債権譲渡通知発送前に、購入者からの抵当証券解約申入れ等を断る事務に追われている破産会社本店を訪れ、本件債権譲渡通知の発送を破産会社の取締役財務部長藤村孝に予告し、本件譲渡債権の証書の引渡を求めたり、破産会社振出の一覧払約束手形を呈示する予定であることを伝えたりした。
したがって、原告が破産会社の支払停止状態を確認した上で本件譲渡債権についての譲渡通知をしたことは明らかである。
(2) 破産会社の悪意(予備的主張)
破産会社は本件債権譲渡通知前に破産申立ての方針を決定しており、右通知により他の債権者が害されることを認識していた。仮に原告の悪意が認められないとしても、本件債権譲渡通知は原告が破産会社の指図に従って同社を代理して行ったものであるから、本人たる破産会社が知っていた事情につき代理人たる原告の不知を主張することはできない。
(二) 原告の主張
(1) 原告の善意
破産法七四条の悪意があるというには、対抗要件具備行為前に破産者に生じた具体的な支払停止事由を受益者が認識することが必要である。
平成九年一一月一七日の段階では、拓銀の関連会社の処理は未定と報道されており、原告は、当時の大蔵省の一般投資家保護政策にのっとり、多くの一般投資家を抱える破産会社についても拓銀の有する債権の放棄などの措置によりその破綻が回避されるだろうとの認識をもっていた。
更に、田中課長が同日午後三時ころに藤村部長との面談のため破産会社本店を訪問した際には、本店事務所内では特に混乱状態は見られず、かつ、藤村が右面談において破産会社が破産申立てを決定したことを原告に悟られまいとして、田中課長に対し本件譲渡債権の譲渡通知の発送を承諾するとともに本件譲渡債権の内入れ弁済についても前向きな姿勢を示すなど、あたかも破産会社が今後も営業を継続するかのような言動をしていた。そのため、田中課長は破産会社が今後も営業を継続する可能性は高いと判断し、今後予想される債務弁済交渉の際に他の債権者との関係で優位に立つために債権譲渡通知を発送したのであって、破産会社が支払停止状態にあることを認識したために右通知をしたのではない。
(2) 被告管財人らの予備的主張について
否認制度における「悪意」とは受益者の悪意を意味するから、被告管財人らの主張は主張自体失当である。
4 本件抵当権の帰属(争点4)
(一) 被告管財人らの主張
原告は破産会社の破産宣告前に本件抵当権の移転登記を具備していないから、本件譲渡債権譲渡通知の否認の当否にかかわらず、被告管財人らに抵当権の移転を対抗できない。
(二) 原告の主張
本件抵当権の帰属は本件譲渡債権譲渡に係る第三者対抗要件具備と破産会社の破産宣告の先後で決せられ、前者が後者よりも先であるから、被告管財人らは原告に対し本件抵当権の登記欠缺を主張できる地位にはない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(被告パレス企画に対する訴えの利益)について検討するのに、被告パレス企画は本件譲渡債権の債権者が原告か破産者たくぎん抵当証券株式会社破産財団かを確知することができないとして弁済期の到来するたびごとに供託しているのであるから、原告には、被告パレス企画に対して本件譲渡債権が自己に帰属することの確認を求める利益があるというべきである。また、原告が被告パレス企画に対して将来の給付請求をする利益があるかどうかについては検討すべき問題があるが、後記説示のとおりそもそも原告が本件譲渡債権の債権者の地位にあるとはいえないから、原告の被告パレス企画に対する本件譲渡債権の給付請求を棄却すれば足り、将来給付の利益の有無について判断する必要はないものである。
二 <証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
1 破産会社は、抵当証券業及び金融業等を目的として昭和五九年に設立された株式会社であり、設立当初から拓銀とその関連会社が過半数の株式を保有していた。
抵当証券は、抵当証券会社が金融機関から借り入れた資金を債務者に貸し付け、その際に設定を受けた抵当権を法務局に届け出て抵当証券の発行を受け、それを小口の抵当証券証書に分割したものを顧客に販売し、将来抵当証券会社が買戻金(元本に約定利息を付したもの)を顧客に支払って抵当証券を買い戻すというものであり、金融商品として広く一般消費者向けに販売されていた。破産会社における抵当証券の買戻しには、主に、満期買戻しと中途解約による買戻しの二種類があった。破産会社の抵当証券購入者に対する買戻金支払債務の弁済期は、満期買戻しの場合は満期日(毎月八日と設定されていた)、中途解約による買戻しの場合は破産会社に所定の解約関係書類が到着した後四営業日目と定められていた。破産会社の抵当証券購入者に対する中途解約による買戻金の弁済方法は、あらかじめ破産会社に届け出された預金口座に振り込む方法によると定められていた。破産会社における抵当証券の販売や中途解約等については、拓銀の本支店が顧客との窓口になってこれを取り扱うのが通常であり、破産会社が直接顧客と販売や中途解約等の手続をすることは少なかった。
2 破産会社は、設立当初は抵当証券業が業務の中心であったが、昭和六〇年代以降平成二年ころまでのいわゆるバブル景気の時代に抵当証券以外の一般の貸付を増大させ、これら一般貸付については平成三年以降のいわゆるバブル経済の崩壊により回収不能額ないし延滞額が巨額となり、経営を悪化させていった。そこで、破産会社は、拓銀から資金面及び収益面での本格的な支援を受けることとなった。
破産会社の財産は、金銭債権がその資産の大半を占めるという構成になっていた。破産会社の資産の大半は貸付金債権であり、平成九年三月末の時点における貸付債権残高は約三〇一六億円でうち不良債権が約二四二二億円を占め、破産宣告時点における貸付債権残高は約三四三八億円でうち不良債権が約二九八四億円を占めており、本件譲渡債権のような正常債権は少なく、破産宣告後の被告管財人らの調査により判明した回収見込額は約七一一億円にすぎなかった。他方、平成九年三月末の時点における破産会社の負債は、拓銀ないしその関連会社からの借入金が約一二四四億円、それ以外の金融機関等からの借入金が約九二二億円、抵当証券買戻債務が約八八七億円(うち一般販売分が約三四六億円、拓銀購入分が約五四一億円)であり、破産宣告時点における破産会社の負債は、拓銀ないしその関連会社からの借入金が約二四四六億円、それ以外の金融機関等からの借入金が約七二二億円、抵当証券買戻債務が約五三九億円(うち一般販売分が約二五〇億円、拓銀購入分が約二八九億円)であった。抵当証券の解約による買戻債務の履行額は、一般販売分に限っても、平成八年四月から同九年三月までの一年間で約三四六億円、平成九年度も四月から一一月の破産申立時点までの間にすでに約二一九億円にのぼり、これら買戻債務の円滑な履行も破産会社の当面の課題となっていた。
3 拓銀は、破産会社に対して行政上の大口融資規制枠の限度いっぱいまで金銭を貸し付けるとともに、右規制枠で足りない分について破産会社から抵当証券を購入するという方法により資金面での支援をしていた。
また、拓銀は、破産会社が抵当証券業を適確に遂行するに足りる財産的基礎(抵当証券業の規制等に関する法律六条一項七号)を維持するために債務超過にならないようにする必要があり、そのため、破産会社に対して平成五年三月期以降累計で約七二二億円の債務免除をしてきた。すなわち、破産会社は、平成四年以降破産宣告時までに累計約二百億円の経常損失及び累計約六百億円にのぼる特別損失を生じさせ、そのままでは営業の続行が困難な状況に陥っていたため、拓銀から平成四年度に約九〇億円、平成五年度に約八九億円、平成六年度に約二四六億円、平成七年度に約一六五億円、平成八年度に約一三二億円(累計約七二二億円)の債務免除を受けていた。このような拓銀による巨額の債務免除措置は、たくぎんリース株式会社などの拓銀から融資を受けている他の拓銀の関連会社については通常はみられないものであった。
以上のように、破産会社は平成四年度以降毎年巨額の損失を計上し、拓銀からの資金面、収益面での巨額の支援を受けてかろうじて営業を継続している状態であり、拓銀からの支援が打ち切られれば、弁済期未到来の債務も含めて将来的に債務を弁済するめどが全く立たなくなり、直ちに経営が破綻することは必至の状況に置かれていた。
4 破産会社は、原告など拓銀以外の金融機関からも巨額の金員を借り入れており、これら金融機関が融資を引き上げると破産会社の経営が著しく困難になることが見込まれた。拓銀は、破産会社の実質的親会社であり、拓銀以外の金融機関からの破産会社に対する融資も実質的には拓銀の公務金融部が事務を取り扱っていたため、破産会社の経営を立て直した上、その状況を原告などの金融機関に説明し、必要な融資残高を維持してもらう必要があった。そのため、拓銀は、平成四年度には破産会社に経営改善計画を策定させ、平成六年以降毎年「破産会社の経営改善計画の現況と今後の計画推進について」と題する文書を作成し、原告北海道本部などの金融機関を訪問した上右文書を交付しながら破産会社の経営状況を説明した。
右文書中においては、拓銀が破産会社の再建に必要な支援措置を講じていくこと、経営改善策の主要な基本方針として、経営の合理化とともに、拓銀による金融支援措置の持続、前記抵当証券業の規制等に関する法律の遵守等が記載されている。右金融支援措置とは、拓銀からの借入、拓銀による抵当証券の購入及び拓銀による破産会社の債務免除であった。
5 原告は、いわゆるバブル景気時代の平成元年一〇月二七日に、破産会社に対して、弁済期を平成四年一〇月二〇日と定めて一〇億円を貸し付けた。弁済期である平成四年一〇月二〇日はいわゆるバブル経済が崩壊して巨額の不良債権の発生により破産会社の経営が悪化した後の時期であったが、原告は破産会社に対する与信額を徐々に圧縮することとし、貸付額を八億〇四〇〇万円に減額するとともに、三箇月毎に元本六七〇〇万円ずつを弁済させ、最終弁済期を平成八年一月二〇日と定めて同日までに貸付金を回収することとした。その後、貸付金の完全引き上げには至らずに、若干の追加融資を経て、貸付額は、平成八年一月二〇日には三億五四〇〇万円、同年三月二九日には三億三五〇〇万円、同年九月三〇日には三億一八〇〇万円、平成九年三月三一日には二億八五〇〇万円、同年九月三〇日には二億二八〇〇万円(争いのない事実3記載の本件被担保債権で弁済期は平成一〇年三月三一日)と減少していった。破産会社は、原告に対して、右貸付金の弁済のために、金額を二億二八〇〇万円とし、支払場所を拓銀本店営業部とする一覧払の約束手形を振り出した。
拓銀は、平成九年六月ころ、前記4記載の文書を持参して原告北海道本部に説明に赴き、拓銀が破産会社に対して巨額の債務免除(平成九年三月期は約一三二億円)をし、貸付残高を維持するなどの支援措置を講じていることを説明した上、原告においても拓銀の要請のとおり破産会社に対する融資残高を維持するように依頼した。原告北海道本部の財務担当課長である田中課長も、拓銀による巨額の債務免除や貸付残高の維持等により破産会社は倒産を免れており、拓銀の支援がなければ破産会社の事業の継続は困難であることを認識していた。
6 拓銀は、平成九年一一月一四日金曜日の午後に資金繰りのめどがつかなくなり、このままでは次の営業日である翌週月曜日の一七日には預金債務の払戻しができなくなるなどして支払停止に陥るため、同月一六日の日曜日の夜、預金払戻しの停止などの事態が発生することを防ぐために日本銀行からの特別融資を受けるとともに、北海道内の営業を北洋銀行に譲渡することを決定した。これがいわゆる拓銀経営破綻の決定であり、実質的には拓銀の倒産であった。
拓銀が倒産すれば、毎年巨額の損失を計上し、拓銀から債務免除、借入、抵当証券購入等の方法による巨額の支援を受けてかろうじて倒産を免れていた破産会社は、拓銀からの支援が打ち切られて直ちに経営が破綻することが必至であった。そのため、拓銀及び破産会社の幹部は、平成九年一一月一六日夜に、破産会社の営業継続を諦めて、できるだけ速やかに自己破産の申立てをする方針を決定した。
拓銀が倒産すれば世間からは破産会社も倒産するのではないかとみられることも必至であったが、顧客や取引先に対しては債務の履行や抵当証券の解約等には一切応じないという対応をとるものの、対外的には破産会社を今後どのようにするかは未定であるという説明をすることとし、破産会社についての破産申立ての方針は拓銀及び破産会社の幹部(取締役財務部長である藤村孝を含む)のみが知る極秘事項とされた。実際にも、平成九年一一月一八日の破産申立時まで、破産申立ての方針は外部に漏れなかった。
7 拓銀は、平成九年一一月一七日未明、破産会社及び拓銀本支店の抵当証券取扱担当者に対して、拓銀破綻報道に接した抵当証券購入者からの予想される問い合わせに対する対応の内容を記載した文書をファクシミリで送付した。右文書には、抵当証券の支払い(取次ぎ)には満期解約、中途解約を問わず一切応じないこと、(なぜ払戻しに応じられないのかという問いに対しては)破産会社の発行した抵当証券のお支払いをどのようにするかは現在検討中ですので本日はお支払い出来ませんと答えること、(購入している抵当証券はどうなるのか、百%保証されるのかという問いに対しては)ご購入いただいている抵当証券の取扱いがどのようになるかは検討中であり現時点ではお答えすることが出来ませんと答えることなどが記載されていた。
8 テレビ、ラジオ等の報道機関は、平成九年一一月一七日の朝から、拓銀の経営破綻を大きく報道し、たちどころに、拓銀の経営破綻及び同行に対する日本銀行の特別融資の実施がわが国における周知の事実となった。これによって、経済界、金融界においては、破産会社の信用不安が著しく高まった。原告の田中課長(北海道本部の財務担当課長)は、平成九年一一月一七日午前七時三〇分にテレビで拓銀破綻の報道をみて、直ちに午前八時すぎに拓銀本店公務金融部の源部長代理を訪問し、拓銀は道内の営業を北洋銀行に譲渡する、日本銀行の特別融資を受けるので預金は保護される、関連会社がどうなるかは分からないという情報を得た。原告では、午前九時前後から、北海道本部及び東京の本店の担当者等による協議が行われ、預金取引を主とする拓銀については現時点では格別の対応は不要であるが、融資先である破産会社については早急に債権回収のための措置をとることが必要であるという結論に達した。そして、同日午前中には、破産会社に対して、原告の破産会社に対する貸付金(本件被担保債権)の全部または一部の弁済及び本件譲渡債権の債権譲渡通知実行の承諾を求めるという方針を決定した。
田中課長は、同日午前一〇時五四分、拓銀公務金融部からのヒアリングの結果として「北海道における業務を北洋BKに譲渡することを決定した。本州については今後検討して行く。譲渡していくまでの間の資金繰りがつかないため、日銀特別融資を受けることになり本日発表した(したがって法律的には現在は何も変化ないが、営業譲渡による清算となる?)。グループ会社はそれぞれ独立しているので、今後どうなるかは分からない。資金繰りは預金の流失が止まらず、三洋証券の破綻以降コール市場からの調達が困難となった。」という内容の「拓銀破綻(1)」と題する社内メールを社内関係部署に向けて発信した。
9 破産会社においては、平成九年一一月一七日午前九時の営業開始時以降、拓銀破綻の報道を知った多数の抵当証券の購入者から、直接来店したり電話をかけたりして、問い合わせや解約の申出があったが、前記指示に従い解約の申入れは一切受け付けなかった。
なお、破産会社の販売した抵当証券の中には、平成九年一一月一二日に中途解約が受け付けられ同月一七日(拓銀破綻の日)が買戻金の弁済期になっていたものが二件(買戻金合計約三〇〇万円)、同月一三日に中途解約が受け付けられ同月一八日(拓銀破綻の日の翌日)が買戻金の弁済期になっていたものが一件(買戻金合計約六〇〇万円)あった。これらの買戻金債務は、いずれも同月一七日または一八日に破産会社により履行されたが、その理由は、破産会社において、各弁済期日に購入者の預金口座に買戻金相当額を送金する旨の払い込み依頼書を同月一四日(拓銀経営破綻の日の前の週の金曜日)までに、拓銀本店に持ち込んでいたので、一七日分は朝一番に破産会社本店名義の預金口座から自動的に引き落とされて購入者の預金口座に送金された(これを取り戻すことは困難であった)ためであり、一八日分は一七日の拓銀経営破綻発表後の混乱の中で振り込み依頼の撤回手続が失念されたためにすぎない。
破産会社は、日貿信に対して、平成九年一一月一七日を弁済期とする二八億八〇〇〇万円の金銭消費貸借契約に基づく債務を負っており、同日を満期とし、支払場所を拓銀東京営業部とする右と同額の確定日払の約束手形を振り出していたが、同日は、右債務の弁済はされず、右金銭消費貸借契約の更新及び約束手形の書き替えも行われなかった(それまで更新時に行われていた新たな弁済期までの金利の前払いもされなかった)ため、右金銭消費貸借債務は、平成九年一一月一七日の経過により債務不履行(履行遅滞)に陥った。なお、右約束手形は手形交換に回されず、その他の破産会社振出しのいかなる手形も手形交換に回らなかったため、破産会社は破産申立てまでの間に不渡手形を出さなかった。
10 原告の田中課長は、右8の方針に基づき、平成九年一一月一七日の午後三時ころ、破産会社の本店に藤村部長を訪問した。
田中課長は、藤村部長に対して、原告が所持している破産会社振出の一覧払約束手形(金額二億二八〇〇万円)を直ちに取立てに回すこともできるが、破産会社を不渡りに追い込むことは本意ではないなどと述べて貸付金の全部又は一部の弁済を求め、また、担保のために譲渡を受けた本件譲渡債権については譲渡通知を発送することの承諾を求めた。当日多忙を極めていた藤村部長は、上司と相談することなく、弁済要求に応じることは不可能であることが明らかであったためこれを断り、手形を取立てに回すことについてもやむを得ないが拓銀本店と相談すると回答し、譲渡通知の発送については原告が発送するなら仕方がないという趣旨の回答をした。藤村部長の債権譲渡通知についての回答は、破産会社としての積極的承諾を与えたものではなく、破産会社としては原告の通知の発送を拒むべき立場にないことを表明したものにすぎなかった。田中課長は、右の仕方がないという趣旨の回答を破産会社の通知発送の承諾と解して、直ちに所轄部署に債権譲渡通知の発送を指示し、同日午後五時三〇分ころに原告が破産会社を代理して被告パレス企画に宛てて本件債権譲渡通知を発送した。なお、田中課長は、藤村部長に対して、本件債権譲渡通知が届くであろうことを破産会社から被告パレス企画に予告してもらう旨の依頼をせず、藤村部長も被告パレス企画に対して右の趣旨の予告をしなかった。
11 田中課長は、右面談で得た情報をもとに、同日午後七時一七分、破産会社との交渉内容について「(当方)当社は破産会社振り出しの一覧払い手形を保持しており、今すぐにでも取り立てに回すこともできる。預金者は預金保険機構で保護されるだろうが、抵当証券への一般投資家をどのように保護するかは検討に時間を要するであろう。当社としては手形を回してただちに不渡りに追い込むことは本意ではないので、至急返済資金を用意してほしい。また、担保取得している譲渡債権については、第三債務者に対する債権譲渡通知を当社から発送するので了解願いたい。(先方)債権譲渡通知はやむを得ない。手形については拓銀本部と至急打ち合わせをする。その後、先方からは当社の判断に委ねるとの連絡があった。これを受けて拓銀公務金融部に出向き再度同様の申入れをして善処を促している(一九時一五分に明日まで待ってほしいと連絡あり)。」という内容の「拓銀破綻(2)」と題する社内メールを社内関係部署に向けて発信した。結局、原告は、破産会社振出に係る金額二億二八〇〇万円の一覧払約束手形については、手形交換には回さなかった。
12 破産会社は、平成九年一一月一八日午後に自己破産の申立てをし、翌一九日に破産宣告を受けた。なお、藤村部長は、一八日の破産申立時に至るまで、銀行に対して、破産会社の預金を使わせてほしい旨の預金解放要請をしていた。また、破産会社が破産宣告時において有していた現金及び質権が設定されていない銀行預金の合計額は、約一七億円であった。
三 争点2(破産会社の支払停止)について検討する。
1 前記認定事実によれば、破産会社は拓銀からの資金面、収益面での巨額の支援を受けてかろうじて営業を継続し、右支援が打ち切られると倒産が必至となるべき状況に置かれていたものであるところ、平成九年一一月一六日夜に拓銀の経営破綻が動かし難くなった時点で現実に倒産必至の状況に置かれ、直ちに破産申立ての方針を決定し、右方針自体は外部に秘密にはしていたものの、平成九年一一月一七日の営業開始時からは、通常の営業及び債務の履行を停止し、抵当証券購入者からの中途解約の申入れ等も全部断るという対応をしていたものである。
そうすると、破産会社は、平成九年一一月一七日の営業開始前の時点においては、すでに資力欠乏のために債務の支払をすることができない状態に陥り、かつ、そのような状態に陥ったことを自覚していたものである。また、破産会社が同日の営業開始後において抵当証券購入者からの中途解約の申入れを断ったという事実は、資力の欠乏により債務の支払ができない旨を外部に表明したものと評価することができる。そうすると、破産会社は、平成九年一一月一七日の午前中には支払停止状態にあったものというべきである。
2 破産宣告時に破産会社が約一七億円の現金及び質権の設定されていない銀行預金を有していた事実をもってしても、そもそも右一七億円が即時使用可能な流動資産であったかどうかについてはなお相殺を受ける可能性など検討を要する問題があるところであるし、仮に一七億円全額が即時使用可能な流動資産であったとしても、前記認定に係る破産会社の負債額の規模等を考慮すると、平成九年一一月一七日の時点において破産会社が資力の欠乏により債務の支払ができない状態にあったとの前記判断を左右するに足りない。
中途解約による破産会社の抵当証券購入者に対する買戻債務の弁済期は平成九年一一月一七日(月曜日)に解約に必要な書類が破産会社に到達したものについても同月二〇日(木曜日)になるものであるから、一七日に中途解約の申入れの受付を拒否してもそのことから直ちに即時支払うべき債務の支払いを拒否したことにはならないが、四営業日目に弁済期が到来する債務が弁済できないことを外部に表明したものであることを考慮すると、中途解約受付拒否を破産会社が一七日午前中に支払停止に陥ったことのあらわれとみることに何ら問題はない。また、満期買戻しによる買戻債務の弁済期は平成九年一二月八日まで到来しないが、破産会社内部においては右債務を含めたすべての債務の履行を停止することを決定した上で中途解約による買戻金債務の支払拒絶を外部に表明しているのであるから、満期買戻分の弁済期未到来の事実も破産会社が一七日午前中に支払停止に陥ったとの判断を妨げるものではない。
平成九年一一月一七日を弁済期とする日貿信に対する二八億八〇〇〇万円の金銭消費貸借債務について日貿信が右債務の支払のために破産会社が振り出した同日を満期とする約束手形を手形交換に回さなかったことも、右事実のみから日貿信が右債務について破産会社に弁済期の延期を認めた事実を推認することはできず、他に右弁済期延期の事実を適確に認めるに足りる証拠はない(藤村証言も丙三六添付のデスクダイアリーの写しも右事実を認めるに十分でない。)。かえって、弁済期である平成九年一一月一七日には、契約の更新も、手形の書替えも、新たな弁済期までの利息の前払いもされず、右債務が履行遅滞に陥ったことは、前記認定のとおりである。したがって、同日満期の手形が交換に回らなかったという事情も破産会社が同日午前中に支払停止に陥ったとの判断を妨げるものではない。むしろ、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、日貿信は、拓銀経営破綻の報道に接し、破産会社から元本の一部弁済や利息の前払いを受けると詐害行為取消や否認の対象になりかねないと考えて、契約の更新を差し控えたものと推認するのが相当である。
3 証人藤村は「平成九年一一月一七日から翌一八日の破産申立てまでの間は、金融機関に対して破産会社は平穏無事であるかのように装い、破産申立ての方針を気付かれずに破産会社の預金を使わせてもらうようにするのが自分の仕事であり、銀行に対して預金解放の要請をしていた。」という趣旨の証言をするが、平成九年一一月一七日の午前中の時点で破産会社が抵当証券購入者からの中途解約申入れを断っている以上は、一七日ないし一八日の時点で破産会社の取締役財務部長が平穏無事を装って金融機関に預金解放要請をしていたとしても、一七日の午前中に破産会社が資力の欠乏により債務の支払ができないことを外部に表明したという判断を左右するに足りない。まして、後記四に説示するとおり、原告ら金融機関が藤村部長の右言動から破産会社の平穏無事を信じたとは到底認められないから、右事実によって破産会社が一七日午前中に支払停止に陥ったとの判断を妨げるものではない。
四 争点3(原告の悪意)について検討する。
1 前記認定事実によれば、原告の田中課長は、破産会社は抵当証券を営み多くの一般消費者に対して抵当証券を販売している会社であること、同社は拓銀からの巨額の支援によりかろうじて倒産を免れ、右支援が打ち切られると、弁済期未到来のものも含めて将来的に債務を弁済する見込が全く立たなくなって倒産必至の状況に置かれ、多くの抵当証券の購入者から中途解約による買戻請求等を受けたり、自らがしたように一般の貸付けの債権者からも弁済請求を受けたりするであろうことを、予め知っていたものと推認することができる。また、田中課長は、平成九年一一月一七日朝に、拓銀の経営破綻の事実及び右経営破綻が大きなニュースとして広く一般に報道された事実を知り、この時点で、破産会社が倒産必至の状況に置かれ、拓銀破綻の報道を知った多くの抵当証券の購入者から中途解約等による買戻金支払請求を受けるであろうことを認識したものと推認することができる。
ところで、平成九年一一月当時のわが国において、銀行預金については、銀行の経営が破綻しても日本銀行の特別融資などによる預金保護及び決済機能維持のための措置がとられて、銀行による預金債務の履行(預金の買戻し)が可能な状態が一刻の中断もなく維持されるであろうというのが取引通念であったことは公知の事実であるが、抵当証券業者の経営が破綻した場合においては、抵当証券業者による抵当証券買戻債務の履行が一刻の中断もなく行われることはあり得ないというのが取引通念であったことも公知の事実であって、仮に将来一般投資家保護の観点から抵当証券購入者に対して買戻金の全額(ないしそれに近い金額)が支払われる可能性があるとしても、抵当証券業者の破綻の時点においては抵当証券購入者からの抵当証券業者に対する債務の履行請求は一律に拒否されるであろうというのが取引界一般の認識であって、当然田中課長も右事実を認識していたものと推認される。
以上の事実を総合すると、田中課長は、平成九年一一月一七日午前中に拓銀の経営破綻の事実及び右経営破綻が大きく報道された事実を知った時点において、破産会社が債務の履行をすることができない状態に陥り、そのため抵当証券購入者への債務の履行を一律に拒否するであろうことを認識したもの推認することができる。そうすると、原告は、遅くとも一七日午前中には、破産会社の支払停止の事実を知っていたものというべきである。
2 証人田中は、要旨、破産会社は多数の一般投資家を抱えているから営業を継続するものと思っていた、いずれ一般投資家保護の措置がとられ、母体行である拓銀が破産会社に対する債権を全額放棄し、その他の原告ら一般の債権者が破産会社に対して金利減免に応ずれば、一般投資家の保護は可能であると思っていた旨供述する。
しかしながら、抵当証券会社が倒産状態に陥らないのであれば一般投資家を特別に保護するという措置が必要になるはずはないのであって、抵当証券会社が倒産状態にあるからこそ一般投資家保護措置が必要になるのであり、しかも、同証言が拓銀以外の債権者については金利減免措置をとるだけで一般投資家保護が実現可能というのも全く現実的根拠を欠く話であり、もし破産会社の資産を一般投資家に対する弁済の原資に充てるという枠組みを前提とするのであれば、原告ら債権者に対しても債権の元本の全部または一部の放棄を求めないと一般投資家の保護が実現できないというのは十分にあり得る事態である。また、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、過去に倒産状態に陥った抵当証券会社についての一般投資家保護措置は、いずれも、抵当証券会社の資産を原資とするものではなく、母体行の資金を原資とするものであり、抵当証券会社の一般の債権者は倒産処理手続に服したものであること、破産会社についても同様の措置がとられつつあることが認められる。このような事情を考慮すると一般投資家保護措置は結局のところ抵当証券会社の倒産処理手続を前提とするものとならざるを得ないのである。そうすると、田中課長は、最終的に何らかの一般投資家保護政策がとられるとしても、その具体的方策の決定にはかなりの時間がかかり、少なくともそれらの具体的措置が決定されるまでの間は、破産会社は、抵当証券購入者からの抵当証券買戻しの請求も、原告ら金融機関からの弁済要求も、いずれも拒絶せざるを得ないことを、当然に認識していたはずである。
また、抵当証券が拓銀の窓口で販売され、購入者は専ら拓銀の信用により破産会社の抵当証券を購入していたのであるから、拓銀の破綻を知った抵当証券購入者が直ちに中途解約等により買戻金の支払いを求めて殺到することは当然予想されることであり、したがって、原告にとってみれば、破産会社がそのような事態を予測して、混乱回避のために、購入者に対し買戻金の支払い及び中途解約等の受付等を拒否するなどの行動に出るだろうとの判断に至るのは、至極合理的なことであった。
なお、前記認定にかかる田中課長の社内メールの記載によっても、田中課長は本件債権譲渡通知の発送までに、拓銀は預金流出がとまらずコール市場からの資金調達も困難となり資金繰りがつかなくなったので日本銀行の特別融資を受けることになったこと、破産会社については一般投資家保護措置が必要となること、原告が破産会社振出しに係る二億二八〇〇万円の一覧払約束手形を取立てに回すと破産会社は不渡りを出すことが見込まれることを認識していたことが明らかである。右の社内メールの記載からも、田中課長は、破産会社が倒産状態に陥り直ちに債務の支払を停止して倒産処理を始めるであろうことを認識していたと推認されるのであって、原告が本件債権譲渡通知発送時に破産会社の支払停止の事実を知っていたことを裏付けるに十分である。
以上によれば、破産会社は営業を継続するものと思っていた旨の証人田中の供述を採用することはできない。
なお、証人田中は、平成九年一一月一七日の時点においてはまさか破産会社が破産申立てをするとは思っていなかった旨の供述をする。確かに、会社が経営危機に陥っても必ずしも直ちに破産申立てをするとは限らないのであるが、本件で問題となるのは、一七日の段階で、破産会社の破産申立ての方針を原告が知っていたかどうかではなく、破産会社が債務の履行を停止するであろうことを原告が知っていたかどうかなのであるから、仮に原告が破産申立ての方針を知らなかったとしても、そのことは原告が支払停止について悪意である旨の前記認定を左右するものではないというべきである。
3 前記三の3で説示したとおり証人藤村は、同証人は、平成九年一一月一七日から翌一八日の破産申立てまでの間は、金融機関に対して破産会社は平穏無事であるかのように装い、破産申立ての方針を気付かれずに破産会社の預金を使わせてもらうようにするのが自分の仕事であり、銀行に対して預金解放の要請をしていたという趣旨の証言をするが、いみじくも同証人がそれに引き続いて同証人の言動から破産会社が営業を継続すると信じたとしたら金貸しとしては落第であるという趣旨の証言をしているとおり、拓銀の支援が打ち切られれば破産会社の倒産が必至であることを知っていた金融機関が拓銀経営破綻の報道に接した上でなお破産会社が平穏無事に従前通りの営業を継続できると信じていたとは到底考えられないのであって、もし信じたとすればかなり間の抜けた話であるといわざるを得ない。仮に一七日午後の田中課長の弁済要請や債権譲渡通知承認要請に対して藤村部長が破産会社の平穏無事を装っていたとしても、破産会社が倒産状態に陥っており簡単に弁済要請に応じることができないことは田中課長にも分かっていたことであって、いわば両名の間でキツネとタヌキの化かし合いのような会話が交わされていたというにすぎないのである。よって、証人藤村の前記証言をもってしても、原告が悪意である旨の認定を左右するに足りない。
4 経営不振に陥ったが倒産のうわさまでは立っていない会社が破産ないし会社更生の申立ての方針を固めつつ混乱回避のために申立時まではそのことを秘匿して抜き打ち的に破産ないし会社更正の申立てをすることはしばしばみられることであり、このような事例においてはたとえ破産申立ての直前にされた対抗要件具備行為であっても否認の対象とはならない場合もあると考えられる。本件における破産会社の破産申立ては、申立時まで破産申立方針を秘匿しとおした点においては右の事例と共通点を有するが、申立前に拓銀の経営破綻の報道がされ、その結果破産会社の倒産のうわさが充満していたという点が右の事例との顕著な相違点であり、前記認定事実によれば、経済界、金融界においては、一七日朝の拓銀経営破綻の報道と同時に、破産手続を選択するかどうかは別として、破産会社が事実上倒産状態に陥ったという観測が一般的になったものと推認することができるから、破産申立方針秘匿の点も原告が悪意である旨の認定を左右するに足りない。破産会社は、破産申立方針を秘匿したとしても、同社の信用不安から倒産のうわさが充満して混乱が生じることが確実に予測されたからこそ、破産申立てのために通常必要と考えられる調査及び準備に必要な期間をおかずに拓銀破綻の翌日に破産申立てをしたものとみられ、破産申立書(甲一八)の記載が極めて簡素であることも、倒産のうわさから生じる混乱を最小限に抑えるために大急ぎで申立てをしたことをうかがわせるものである。
5 証人田中は、要旨、債務者(債権譲渡人)の承諾を得た上で譲渡通知を発送すると債務者が譲渡債権の債務者(第三債務者)に対して通知が届くことを予告してくれるので譲渡通知が信用不安の引き金をひくことはなく、このことも原告が破産会社の支払停止を知らなかったことのあらわれである旨供述する。
しかしながら、本件においては、藤村部長は譲渡通知をするのは原告の自由であって破産会社がこれを止めることはできないとの認識の下に、上司の承諾を得ることもなく消極的に通知発送の承諾をしたにすぎず、また、田中課長は藤村部長に対して被告パレス企画に対する予告を依頼せず、藤村部長も被告パレス企画に対する右予告をしていないので、右供述のいう譲渡通知が信用不安の引き金をひかないという論拠の前提を欠いている。そればかりか、そもそもわが国においては債権譲渡通知が債務者(債権譲渡人)の信用不安のあらわれとみられ、倒産の引き金を引く結果を生じることも珍しくないものであるところ、譲渡通知前に債務者(債権譲渡人)から通知発送の承諾を得たとしても、債務者が第三債務者に対して信頼に値する客観的根拠をもって当該債権譲渡が債務者の信用不安を原因とするものではないことを説明できない限り、第三債務者が債務者の信用について強い不安を抱くことを止められないのであって、本件においては右の信頼に値する客観的根拠もなかったのである。むしろ、右の事情を考慮すると、原告が本件債権譲渡通知の実行にあえて踏み切ったことは、原告が破産会社の支払停止を知っていたことを強く裏付けているものというべきである。
以上のような点を考慮すると、証人田中の前記供述をもって、原告が悪意である旨の認定を妨げることはできない。
五 以上の説示によれば、本件債権譲渡通知は、譲渡の日から一五日経過後に原告が破産会社が支払停止に陥ったことを知ってされたものであるから、被告管財人らは破産法七四条の対抗要件の否認の規定によりこれを否認することができ、したがって、原告が本件譲渡債権の債権者の地位にあるとはいえないというべきである。そうすると、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴事件の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、被告管財人らの反訴事件の請求はすべて理由があるから認容すべきである。
(裁判長裁判官 野山 宏 裁判官 坂本宗一 裁判官 金築亜紀)